おぉきにおぉきに。

京都盆地の南の端っこでのんびり暮らす主婦のつれづれ。

『情無連盟の殺人』を読みました。

『情無連盟の殺人』 浅ノ宮遼・眞庵  著(東京創元社)

最近はお医者さんとか弁護士さんとかがミステリ小説を発表されることも珍しくはなくなってきて、専門家が構築する設定はさすがに丁寧で奥行きもある小説になりますね。私はそれでハマったのが海堂先生の桜宮サーガだったり織守きょうや先生の弁護士さんのミステリだったり。で、この浅ノ宮先生の作品も前作の『臨床探偵と消えた脳病変』(単行本時の『片翼の折鶴』改題)でふおおおお!となって、新作が楽しみな作家さんの仲間入り。その待ちに待った新作は、なかなか印象深い作品でした。

 

 

名探偵が関係者を集めて謎解きをする、お決まりのシーン。

たいてい、犯人が名指しされた時、決着がついた時、名探偵は誰かに非難されるんですよね、冷たいとか情が無いとか。

冷徹に美しいロジックで推理を披露してくれる名探偵は、ミステリ読みには堪らない存在なんですが、リアルでこんな人がいたらどうかなあ……。

 

感情のすべてが欠落した人間しかいないコミュニティで殺人事件が起きたら?というのが主旨の作品。

 

そうか、殺人って、犯人がどれだけ冷徹な人物であってもその冷徹さも感情なんですね……本当に感情が無くなったら、そもそも殺人という行為自体がありえないことになるのか……と、妙に納得してしまいました。

 

感情が段々と消えて無くなっていく奇病、「アエルズ」。

序盤。お医者さんがそれに罹患してしまったら、患者や家族からすればモンスターになるのかな?本当に?

……と思ったんですが。

……うーん、確かに、今私が父の付き添いで行ってる病院の先生達、感情表現が豊かすぎるのもメンドクサイお医者さんかなあと思うけどそこそこフレンドリーで雑談とか一緒に笑ってくれたりした消化器内科や外科の先生達の方が話しやすかったなあ、今の腫瘍内科の主治医の先生が良い先生とは聞くもののあんまりにも淡々としすぎてて取り付く島が無いと言うか話しづらい雰囲気ではあるわなあ……と。

あの先生からさらに感情が一切感じられなくなったら……確かに主治医の先生替えてほしいかも……。

 

感情というものがほぼ消えつつある麻酔科医の伝城先生が、突然現れた同じ症状を持つ人達の〈連盟〉に誘われたところから。

その〈連盟〉の構成員たち、同じ服に同じ髪型(男女関係なく坊主頭)、食べる物も宇宙食みたいに必要な栄養を摂取する為だけの流動食。収入はすべて組織全体のもの。私物や資産はほぼ持たない。

これを、物語中にもあった「共産主義」的な組織と思うか、アニメとかでよく見る遠い未来の宇宙時代の生活みたいと思うか。

何にしても、個人の欲、感情を表すものは一切排除した、合理的な生活を徹底するアエルズ罹患者。

 

連盟のメンバーが一人一人紹介されるシーンで、伝城さんは名探偵の目を持ってるのねと読者は教えられる。だから伝城さんの推理を聞きたいと思う。

伝城さん以外のメンバーは全員、完全に感情が消えたと言う人達。伝城さんにはまだかろうじて感情の欠片みたいなのは残ってる、ほぼ消えてるけど。

「情の無い人間が名探偵として振る舞う」のじゃなくて、「ほぼ消えかかってるけどわずかに感情の揺らぎみたいなものは残ってるレベルの人間」が探偵役であること。

殺人、犯罪というものが、感情・欲求の発露であるということの証かな、と思って読んでたら、クライマックスで真犯人と対峙するシーンで、

真犯人はアエルズを装ってた、喜怒哀楽も好悪の感情も持ち合わせた人物で、なのにその犯行動機には〈まったく情が無い〉し、その〈動機〉を嬉々として実行し正当性を疑っていなかったりで何というかアエルズに罹患していないくせにアエルズ以上にモンスターっぽいし、この捻り具合が凄いです。

 

真犯人の特定の決め手(別の言い方すると、犯人のミス)はシンプルだったけども(でも私は読み飛ばしてて気がつかなかったです……)、何しろ殺す必要も殺される必要もないはずの設定の殺人事件なのでその異常さに翻弄されましたねはい。

 

そして私が一番心に残ったのが、真犯人との対峙を終えた伝城さんの、未来の設定。

これは上手いわ本当に。

まもなく感情は完全に消える、と自覚してる伝城さんが、アエルズの人間として自分を守るために、アエルズとして生きるために、決意したこと。

かすかに残った感情が決意させたこと。

それが、伝城さんの心。完全なアエルズになったらもう二度と汲み取れない、心の温もりを、命を懸けて義務として追わせること。

そしてそれはたぶん、これから合流する新たなアエルズの人達には合理性を理解はされても共感は受けられない、孤独なものになるだろうと思うと、伝城さんは妹の寧さんを大事にしてね、としか言葉を掛けられないだろうなと思うのでした。